『露国ト講和ニ関スル詔勅』

*『露国ト講和ニ関スル詔勅』原文(明治38年10月16日)

朕東洋ノ治平ヲ維持シ帝国ノ安全ヲ保障スルヲ以テ国交ノ要義ト為シ夙夜懈ラス以 テ皇猷ヲ光顕スル所以ヲ念フ 不幸客歳露国ト釁端ヲ啓クニ至ル 亦寔ニ国家自衛ノ 必要已ムヲ得サルニ出タリ

開戦以来朕カ陸海ノ将士ハ内籌画防備ニ勤メ外進攻出戦ニ労シ万艱ヲ冒シテ殊功ヲ 奏ス 在廷ノ有司帝国議会ト亦善ク其ノ職ヲ尽シテ以テ朕カ事ヲ奨メ軍国ノ経営内 外ノ施設其ノ緩急ヲ愆ラス億兆克ク倹ニ克ク勤メ以テ国費ノ負荷ニ任シ以テ貲用ノ 供給ヲ豊ニシ挙国一致大業ヲ賛襄シテ帝国ノ威武ト光栄トヲ四表ニ発揚シタリ

是固ヨリ我カ皇祖皇宗ノ威霊ニ頼ルト雖抑亦文武臣僚ノ職務ニ忠ニ億兆民庶ノ奉公 ニ勇ナルノ致ス所ナラスムハアラス 交戦二十閲月帝国ノ地歩既ニ固ク帝国ノ国利 既ニ伸フ 朕ノ恒ニ平和ノ治ニ汲々タル豈徒ニ武ヲ窮メ生民ヲシテ永ク鋒鏑ニ困マ シムルヲ欲セムヤ

嚮ニ亜米利加合衆国大統領ノ人道ヲ尊ヒ平和ヲ重スルニ出テテ日露両国政府ニ勧告 スルニ講和ノ事ヲ以テスルヤ 朕ハ深ク其ノ好意ヲ諒トシ大統領ノ忠言ヲ容レ乃チ 全権委員ヲ命シテ其ノ事ニ当ラシム 爾来彼我全権ノ間数次会商ヲ累ネ我ノ提議ス ル所ニシテ始ヨリ交戦ノ目的タルモノト東洋ノ治平ニ必要ナルモノトハ露国其ノ要 求ニ応シテ以テ和好ヲ欲スルノ誠ヲ明ニシタリ

朕全権委員ノ協定スル所ノ条件ヲ覧ルニ皆善ク朕カ旨ニ副フ 乃チ之ヲ嘉納批准セ リ 朕ハ茲ニ平和ト光栄トヲ併セ獲テ上ハ以テ祖宗ノ霊鑒ニ対ヘ下ハ以テ丕績ヲ後 昆ニ貽スヲ得ルヲ喜ヒ汝有衆ト其ノ誉ヲ偕ニシ永ク列国ト治平ノ慶ニ頼ラムコトヲ 思フ 今ヤ露国亦既ニ旧盟ヲ尋テ帝国ノ友邦タリ 則チ善鄰ノ誼ヲ復シテ更ニ益々 敦厚ヲ加フルコトヲ期セサルヘカラス

惟フニ世運ノ進歩ハ頃刻息マス国家内外ノ庶政ハ一日ノ懈ナカラムコトヲ要ス 偃 武ノ下益々兵備ヲ修メ戦勝ノ余愈々治教ヲ張リ然シテ後始テ能ク国家ノ光栄ヲ無疆 ニ保チ国家ノ進運ヲ永遠ニ扶持スヘシ 勝ニ狃レテ自ラ裁抑スルヲ知ラス驕怠ノ念 従テ生スルカ若キハ深ク之ヲ戒メサルヘカラス 

汝有衆其レ善ク朕カ意ヲ体シ益々其ノ事ヲ勤メ益々其ノ業ヲ励ミ以テ国家富強ノ基 ヲ固クセムコトヲ期セヨ

(御名御璽)


<*読み下し文>

朕、東洋ノ治平(ちへい)ヲ維持シ、帝国ノ安全ヲ保障スルヲ以テ、国交ノ要義ト 為シ、夙夜(しゅくや)懈(おこた)ラズ、以テ皇猷(こうゆう)ヲ光顕(こうけ ん)スル所以(ゆえん)ヲ念(おも)ウ。不幸ニシテ客歳(かくさい)露国ト釁端 (きんたん)ヲ啓(ひら)クニ至ル。亦(また)寔(じつ)ニ国家自衛ノ必要、已 (や)ムヲ得ザルニ出(いで)タリ。

開戦以来、朕ガ陸海ノ将士ハ、内(うち)ニ籌画(ちゅうかく)シテ防備ニ勤メ、 外ニ進攻シ戦ニ出ズルニ労シ、万艱(ばんかん)ヲ冒(おか)シテ殊功(しゅこう) ヲ奏ス。在廷ノ有司(ゆうし)、帝国議会ト亦(また)善(よ)ク其(そ)ノ職ヲ 尽シテ、以テ朕ガ事ヲ奨(すす)メ、軍国ノ経営、内外ノ施設、其ノ緩急ヲ愆(あ やま)ラズ、億兆、克(よ)ク倹ニ克ク勤メ、以テ国費ノ負荷ニ任ジ、以テ貲用 (しよう)ノ供給ヲ豊カニシ、挙国一致、大業ヲ賛襄(さんじょう)シテ、帝国ノ 威武ト光栄トヲ四表(しひょう)ニ発揚シタリ

是(これ)固(もと)ヨリ我ガ皇祖皇宗ノ威霊ニ頼ルト雖(いえども)、抑(そも そも)亦(また)文武臣僚(ぶんぶしんりょう)ノ職務ニ忠ニ、億兆民庶(みんし ょ)ノ奉公ニ勇ナルノ致ス所ナラズンバアラズ。交戦、二十閲月(えつげつ)、帝 国ノ地歩、既ニ固ク、帝国ノ国利、既ニ伸ブ。朕ノ恒(つね)ニ平和ノ治(ち)ニ 汲々(きゅうきゅう)タル、豈(あに)徒(いたずら)ニ武ヲ窮(きわ)メ、生民 (せいみん)ヲシテ、永(なが)ク鋒鏑(ほうてき)ニ困(くるし)マシムルヲ欲 センヤ。

嚮(さき)ニ亜米利加(あめりか)合衆国大統領ノ人道ヲ尊ビ、平和ヲ重(おもん) ズルニ出(い)デテ、日露両国政府ニ勧告スルニ、講和ノ事ヲ以テスルヤ。朕ハ深 ク、其(そ)ノ好意ヲ諒(りょう)トシ、大統領ノ忠言ヲ容(い)レ、乃(すなわ ち)チ、全権委員ヲ命ジテ其ノ事ニ当ラシム。爾来(じらい)彼我(かれわれ)全 権ノ間、数次、会商(かいしょう)ヲ累(かさ)ネ、我ノ提議スル所ニシテ、始( はじめ)ヨリ交戦ノ目的タルモノト、東洋ノ治平ニ必要ナルモノトハ、露国、其ノ 要求ニ応ジテ、以テ和好ヲ欲スルノ誠ヲ明(あきらか)ニシタリ。

朕、全権委員ノ協定スル所ノ条件ヲ覧(み)ルニ、皆、善(よ)ク朕ガ旨(むね) ニ副(そ)ウ、乃(すなわ)チ之(これ)ヲ、嘉納(かのう)批准(ひじゅん)セ リ。朕ハ、茲(ここ)ニ平和ト光栄トヲ併(あわ)セ獲(え)テ、上ハ以テ、祖宗 ノ霊鑒(れいかん)ニ対(こた)ヘ、下ハ以テ、丕績(ひせき)ヲ後昆(こうこん) ニ貽(のこ)スヲ得ルヲ喜ビ、汝、有衆(ゆうしゅう)ト其ノ誉(ほまれ)ヲ偕( とも)ニシ、永ク列国ト治平ノ慶(けい)ニ頼(よ)ラムコトヲ思ウ。今ヤ露国、 亦(また)既ニ旧盟ヲ尋(つい)デ、帝国ノ友邦タリ。則(すなわ)チ、善鄰(ぜ んりん)ノ誼(よしみ)ヲ復シテ、更ニ益々(ますます)敦厚(とんこう)ヲ加フ ルコトヲ期セザルベカラズ。

惟(おも)ウニ、世運ノ進歩ハ頃刻(けいこく)息(や)マズ。国家内外ノ庶政( しょせい)ハ、一日ノ懈(おこたり)ナカラムコトヲ要ス。偃武(えんぶ)ノ下( もと)、益々(ますます)兵備ヲ修(おさ)メ、戦勝ノ余(よ)、愈々(いよいよ )治教(ちきょう)ヲ張(は)リ、然(しか)シテ後、始(はじめ)テ能(よ)ク 国家ノ光栄ヲ無疆(むきゅう)ニ保チ、国家ノ進運ヲ永遠ニ扶持(ふち)スベシ。 勝(かち)ニ狃(な)レテ自(みずか)ラ裁抑(さいよく)スルヲ知ラズ驕怠(き ょうたい)ノ念、従(したがっ)テ生ズルガ若(ごと)キハ、深ク之(これ)ヲ戒 メザルベカラズ。 

汝、有衆、其レ善ク朕ガ意ヲ体シ、益々、其ノ事ヲ勤メ、益々、其ノ業ヲ励ミ、以 テ国家富強ノ基(もとい)ヲ固クセムコトヲ期セヨ。

(御名御璽)


<*現代語訳>

 余は、東アジアの平和な治世を維持し、帝国の安全を保障することをもって、国 交の要諦となし、早朝から深夜まで怠らず、そのような態度で、天子としての大業 を明らかに現し、そうせねばならないことを、心に念じ続けてきた。不幸にして昨 年、ロシア帝国と戦端を開くに至った。これは、まったく実に国家としての自衛の 必要上、やむをえない出来事であった。

 日露戦争の開戦以来、余の陸海軍の将兵は、国内では作戦計画を練って防備に勤 め、国外へは進撃して戦うことに労力を傾け、あらゆる苦難と障害を乗り越えて、 ことさらなる軍功を成し遂げたとの報告を受け取った。内閣の閣僚は、帝国議会と 連携して立派にその職務をまっとうし、余の業を進んで助け、軍事行動の計画と、 内外への采配をあやまることなく、日本国民全体が、立派に倹約し、立派に勤勉さ を発揮し、それゆえに戦時増税の負担をになって、戦費の調達を豊かにし、国を挙 げて一致団結、大いなる業を協力して助け、大日本帝国の威光と武勇の誉れを、世 界じゅうに発揮することができた。

 これは、いうまでもなく皇祖神と歴代天皇の畏れ多い霊により頼んだことではあ るけれども、もともとをただせば、文官・武官を問わない大臣・官僚の、その職務 への忠誠と、あまたの日本国民一般庶民が、勇気をもって国家のために身をささげ ることがなければ、決して成るものではなかった。交戦状態は、二十ケ月におよん だが、帝国の地位はすでに固くなり、帝国の権益もすでに発展を得た。余が日頃か ら、平和な治世のために心身をすり減らす想いでいる目的が、どうして闇雲に武力 を追求し、国民を長期にわたる交戦によって苦しめるのを望むことなどにあるであ ろうか。

 先日、アメリカ合衆国大統領★より、人道をとうとび、平和を重んじる立場で、日 ロ両国の政府に対し、講和をしてはどうか、という勧告を受けた。余は、深くその 好意を理解し、大統領の忠告を受け入れ、ただちに全権大使を任命して講和の作業 に当たらせた。その時より、日本とロシアのそれぞれの全権大使の間に、数回にわ たる会談協議を重ね、日本が以前より提出議論していたことのうち、当初から戦争 の目的であった朝鮮半島の保全と、東アジアの平和的統治に必要な、ロシア軍の満 州からの撤退について、ロシアはその要求に応じ、それをもって日本との間に和平 と友好の関係を持ちたいとする誠意を表明した。 (★アメリカ合衆国大統領=セオドア・ルーズベルト)

 余は、全権大使の講和会議で協議して定めた各条項を見たが、皆、立派に余の意 にそうものであったので、ただちにこれを快く受け入れ批准した。余は、ここに平 和と勝利の栄光とを、共に獲得できたことにより、天にあっては祖神・祖霊にこの 状態をご覧に入れ、地にあっては、大いなる功績を子々孫々後世に残せることを喜 びとし、その栄誉を、汝ら一般国民と共にし、以後、永く諸国と平和的統治を為せ るめでたさにひたりたいと思う。今や、ロシアは、もうすでに戦前の友好的国交の ありように立ち戻り、帝国の友邦国となった。つまり、善隣外交の機縁を復旧させ、 その上ますます、その友好の度合いを深く厚くしつづけることは疑いない。

 余が思いはかるに、世界情勢の進展は、ひとときも休むことがない。国家が内外 におこなうさまざまな仕事も、一日とて怠らないことが肝要である。戦争が終わっ ても、ますます軍備を整え、勝利の勢いに乗って、より一層の政治の充実を行って こそ、初めて立派に、国家の栄光を限りなく保ち、国家の進歩を永遠に支えられる のである。勝利に油断し、みずから抑制せずに驕り怠ける想いが、次第に生じてく るなどというようなことは、深く戒めずにはいられないものである。

 汝、国民は、以上の余の意を体し、以後もますます各自のなすべきことに勤め、 ますます生業にはげみ、それによって自国を強く豊かにし、基礎を固めるよう心が けよ。

(御名御璽)


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