『大日本帝国憲法発布ノ勅語』

『大日本帝国憲法発布ノ勅語』(明治22年2月11日:原文)

朕国家ノ隆昌ト臣民ノ慶福トヲ以テ中心ノ欣栄トシ朕カ祖宗ニ承クルノ大権ニ依リ現在及将来ノ臣民ニ対シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス
惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝国ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威徳ト並ニ臣民ノ忠実勇武ニシテ国ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル国史ノ成跡ヲ貽シタルナリ朕我カ臣民ハ即チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ回想シ其ノ朕カ意ヲ奉体シ朕カ事ヲ奨順シ相与ニ和衷協同シ益々我カ帝国ノ光栄ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負担ヲ分ツニ堪フルコトヲ疑ハサルナリ
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<読みくだし文>

朕(ちん)、国家の隆昌(りゅうしょう)と臣民の慶福(けいふく)とを以(もっ)て中心の欣栄(きんえい)とし、朕が祖宗に承(う)くるの大権に依(よ)り、現在及(および)将来の臣民に対し、此の不磨(ふま)の大典(たいてん)を宣布す。
惟(おも)ふに我が祖、我が宗は、我が臣民祖先の協力輔翼(きょうりょくほよく)に倚(よ)り、我が帝国を肇造(ちょうぞう)し、以て無窮(むきゅう)に垂れたり。此(こ)れ我が神聖なる祖宗の威徳(いとく)と、並(ならび)に臣民の忠実勇武にして国を愛し公(おおやけ)に殉(したがい)ひ、以て此の光輝ある国史の成跡(せいせき)を貽(のこ)したるなり。朕、我が臣民は即(すなわ)ち祖宗(そそう)の忠良なる臣民の子孫なるを回想し、其(そ)の朕が意を奉体(ほうたい)し、朕が事を奨順(しょうじゅん)し相与(あいとも)に和衷(わちゅう)協同し、益々(ますます)我が帝国の光栄を中外に宣揚(せんよう)し祖宗の遺業を永久に鞏固(きょうこ)ならしむるの希望を同(おなじ)くし此の負担を分(わか)つに堪(た)ふることを疑はざるなり。
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<現代語訳>

 余は、国家の隆盛と国民の幸福とを中心に、喜んで胸をはり、余が祖宗(初代の神武天皇と歴代天皇)から受け継いだ大権によって、現在から将来にわたって国民に対し、この不滅の大いなる法典を広く公布する。
 深くかえりみるに、わが祖先(神武天皇)、歴代天皇は、わが国民の祖先たちの協力・補佐により、わが帝国を建国し、それを後世まで永遠にお与えになった。これはわが神聖なる祖宗の権威・徳力、ならびに国民の忠実さ勇武さが、国を愛し制度に従い、それによってこの光輝ある日本史に足跡を残してきた。余は、(現在の)わが国民が、すなわち祖宗の忠実・善良なる国民の子孫であることを思いめぐらし、余の意志に身を挺し、余の事業をすすめ従い、共に和合し折り合い協力しあって、ますます我が帝国の光栄を国の内外に広く知らしめ、祖宗の遺業を永久に強固にするという希望を同じくし、その任の分担に耐えられることを疑わないものである。


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