第八章　奇跡を生む国・日本（６）

第八弾（１）：『一神崇拝と日ユ同祖論の落とし穴』

第八章　奇跡を生む国・日本（６）

☆ ６・世界を浄化するジャパナイズ

　日本は古来、「豊葦原瑞穂国（とよあしはらのみずほのくに）」と呼ばれてきた。葦のしげる湿地が豊かで、稲穂も限りなくよく実る国という意味だ。

　しかし、葦という言葉には、もっと深い意味がある。生態系や植物について、少し勉強すればわかることだが、葦という植物には、河川の汚れを浄化する強い働きがある。きたない川の岸に葦を植えて四～五年すると、みちがえるように水質が改され美しい川になるという。

　現に横浜の侍従川では、地域住民の河川浄化の努力の結果、川原に葦の株がいくつも移植され、短い流域だが豊かな生態系が復活している。日本各地でも同様の試みがなされ、さまざまな自然回復の成果を生んでいる。哲学者パスカルは、人間を「考える葦」にたとえたが、どうしてどうして、そんな皮相な比喩など、本物の葦は歯牙にもかけないのである。

　そんな葦を、古代に国の象徴としていた日本にふさわしく、まことに不思議な外来文化の浄化・補填作用のごとき働きがある。過激で劇的な外来の文化を、よりマイルドで繊細な質にまで高め、たくさんの日本人の志向・趣味に合うよう、同化させてしまうのだ。それが、冒頭に述べた「日本化＝ジャパナイズ」の現象だ。

　ゴーマニズム漫画家小林よしのりも言っている。ハンバーガーやファミレスのような、もともと外国生まれの大味で荒っぽい食品やシステムが、日本に入ってくると「かゆいところに手がとどく」ような、きめこまかで多様な良質のサービス形態に変貌する。これはたしかにそうだ。

　たとえば、食品のパッケージから、道端の交通標語にいたるまで、この国には「何もここまで、注意書きをしなくても」と思われるような、二重三重の説明やただし書きの多いこと。工場などの生産現場でも、この種のいささか「親切すぎる」マニュアル・指示等が、品質管理の一競として、何カ所もはりつけられている。

　このように、日本人は、事故や不測の事態を未然に排除するための努力を、執拗なくらい追求する傾向がある。安全管理には、絶対に手をぬかないのだ。この美点がそこなわれない限り、海外企業の国内への侵略に対しても、つけいるスキを与えない構造が、なんとか保たれるだろう。

　厳密にいえば、日本人は人為による奇形的なものや、激しく過剰なもの、粗雑でアバウトなものをきらう。そのため、そのたぐいの傾向を帯びたものを、生で取り入れることはしないのである。外国生まれの「激・粗・過」に満ちたものを、より自然に近い「穏・密・適」の形につくり変えて普及させるのだ。

　食べ物でいえば、フォアグラやペキンダックのように、首だけだして土中に埋めたアヒルに無理やり餌を合わせ、脂肪肝や肥満鳥にするといったことは、日本には、ついに根づかなった。フォアグラ好きやペキンダック好きには、さぞかしアヒルの怨霊がまとわりついていることだろう。

　中国から律令制や仏教・儒教を取り入れる一方、以下の三つを採用しなかったのもその例にもれない。まず、「纏足（てんそく）＝女子の足の発育を、極端に小さな靴にとじこめて遅らせ、足だけを盆栽植物さながらに奇形的に小さくする風習。小さければ小さいほど美人とされた」、次に「宦官＝皇帝の後宮の役人。局部をきりとられ、人為的に不能にされた」、おしまいは「科挙＝ものすごく難しい国家公務員試験。合格すれば、地位名誉が保証される役人になれた。こんにちの司法試験よりも難しく、その受験勉強で一生を棒にふる者も多かった」である。

　かろうじて、それらの影響が、いささか（なごり程度）あると思われるのが、「遊女の足袋＝のりのきいた白足袋をきっちりはいて、霧吹きでしめて足の線がくっきり出るのを粋とした」「大奥＝将軍家の女官の城」「入試制度」ぐらいである。

「わび」「さび」の茶室文化を生んだ本来の日本には、けばけばしかったり、重厚すぎたり、ひねりすぎたものは根づかない。根づかせるためには、塗りたくった化粧や金ピカをはがし、誇大な重厚表現を削り、ひねった部分をまっすぐにしなければならない。

　金ピカでけばけばしいのは、ヨーロッパの文物が入ってきた織豊政権のころが最も華やかだ。ところが同時期に、千利休による茶道が生まれているのだから、どこまでいっても日本人は「自然体」を基準にバランスをとろうとするものらしい　さらに、徳川鎖国時代に入ると、質素倹約がやかましく言われることになる。

　話はもどるが、奈良の都・平城京も、京都・平安京も、建設された当時は、輸入したままの色彩感覚だった。東大寺の大仏はいうにおよばず、朱色と金銀・極彩色ぬりたくりの金ピカ、ド派手の都だったはずなのだが、いつのまにか「わび」「さび」が好まれ、竜安寺の石庭が代表のようになってしまう。

　もっとも、石庭と対極の位置に金閣寺がある。金ピカでも観光客を集めているが、あれは、まわりが質素だから、あそこだけ派手で目立っているにすぎない。京都の名所の全体が派手だったら、果してあそこまで有名になったかどうか疑問である。

「あおによし」とうたわれた原色、派手塗りの都が、枯山水にとってかわるのは、たとえていうなら、最初は油絵だったのに、月日が経つにつれて水墨画になったようなものだ。遺跡や古物を愛する人たちは、その枯れた風情や長年の風雨に耐えた姿を嘆賞する。だが、ギリシャ・ローマの神殿遺跡や敦煌やアジャンタなどの洞窟・石窟寺院にしても、創建当初は極彩色のけばけばしさに覆われていたのである。

　平城・平安の両都にしても同じことだ。鎌倉時代に入るまでは、藤原や平家を中心とした文化は、けっこう派手で自己顕示が強く、大陸的な要素を濃厚にただよわせていたのだ。外来文化の影響と刺激を受ける王朝政府は、日本も例外ではなく、どうしても派手な傾向を帯びる。

　だが、この国で特異なのは、その派手さがいつのまにか、じわじわとその極彩色を失うことだ。ついには、木目も正しい素肌の白木のように、洗練された自然体に回帰する。これは、財と権力に恵まれた中央の発想ではない。いってみれば、庶民レベル、多数派である周辺階層・地方の志向なのだ。

　真っ赤な朱色に塗られた柱より、白無垢の木柱の方を、人々は選びとる。人為・人工の色の濃いものから、自然な素材の色を大事にする方を好むのである。その証拠に、白木を代表する伊勢神宮は、これすべて最高級の檜、美しい白木づくりである。

　日本人の多くは、最高の装飾よりも、最高の素材の方に、より高い価値を置く。その分、ごまかしや粉飾がきかない。そこから、誠心誠意をもって、ものごとにあたり、義理人情を大切にする気風が養われた。これが、日本の日本たるゆえんなのだ。

　したがって、現代の大量生産、大量消費を前提にしたファースト・フードやコンビニエンス食品は、非日本的な存在であるといえる。安くてよくない素材を、食品添加物でごまかし、コストを下げて売っているからだ。そこにあるのは、「質より量」「実物よりも金」の発想である。これは、江戸時代までの目本の伝統の中には、あまり見られなかったものである。

　それゆえ、ここ三～四十年間に発展した、衣食住のすべてにおよぶ大量生産・大量消責・大量廃棄システムは、日本にとっては異物＝悪性腫瘍のようなものだ。今後、長く続くことはないと覚悟を決めた方がよい。かつて、すべての食べ物、すべての道具に、神々や精霊が宿ると信じ、米ひとつぶも大切にしてきた日本人。それが今や、輸入した食べ物を、残飯として日常的に惜しげもなく捨てている。これがどれほど異常なことか、感覚の麻痺した現代日本人には、飢餓の危機の切迫も認識できないのだろう。

　だが、この悪疾ともいうべき大量生産システムを、より隠便な形で本来の日本人に合うように、変えられないものだろうか。その力が、まだこの国にはあると、筆者は信じたい。

　数年前、江戸時代の寺の跡が発掘され、二百体もの遺体に梅毒にかかっていた証拠が見られたという。顔や体の骨のあちこちに、溶けかけた跡があったのだ。どうも、江戸時代の人間は、けっこうな比率で梅毒にかかり、しかも共存していたらしい。特効薬のない時代に、梅毒という強烈な性病と人とが共存し、余命を保っていたとは驚きだ。

　これには不思議な話がある。長崎などの港にもたらされた当初、海外の生の梅毒は、かかったが最後、短時日で命を落とす劇的な病だった。それが、日本に入ってしばらくすると、その致死性を弱め、罹患しても、ある程度まで長く生きられる病質に変化したというのである。

　確かにこの国には、外国産の劇的・過剰・粗雑なものを、そうではない形にしてしまう「何か」があるのだ。江戸期の日本人が、牛・豚などの四つ足の肉を合べる習慣がなく、穀物菜食で体質が強かったという点は見逃せない。

　外国とちがい、水もきれいで、清潔好きだったことも幸いしただろう。しかし、そればかりではないような気がしてならない。梅毒さえ、柔らかくしてとりこんでしまう不思議の国である。牛肉や豚肉まで「しゃぶしゃぶ」という形で、アクや脂肪を抜いて食べる方法を編み出してしまう。外国人が、ステーキのレアを好むとすれぱ、日本人はウェルダンを注文する。

　飛躍しすぎかもしれないが、あるいはサタニズムさえ、いずれ日本流にとりこみ、まったくちがうものにしてしまうのではなかろうか。たしかに部分的に、そう感じられる点がある。たとえぱ、外国のサタニズム音楽たるロックが、日本人にかかると「聖飢魔Ⅱ」や大槻ケンジの「筋肉少女隊」、「王様」の＜直訳ロック＞になってしまう。

　ビートルズの音楽が、かつて「グループサウンズ」という歌謡曲になり、以後のフォーク・ミュージック、ニュー・ミュージックになったように、似て非なるものにすり替わってしまう。本家本元からいわせれば、「何かがちがう。おまえら絶対、どっかカンちがいしてるぞ」と叫びたくなるような変質現象が起きるのだ。

　また、外国のドラマや映画を、字幕で見るのと、日本人の声優が吹き替えしたのとでは、同じ作品なのに、かなり印象がちがってくるのも不思議な点だ。単に母国語でわかりやすくなっただけなのだろうか。特にＳＦ系のものは、字幕で見ると、かなりの名作でも、やはり「激・粗・過」の印象をまぬがれない。ところが、吹き替え版で見ると、セリフが日本語になっただけで、三つの欠点がかなり克服され、けっこう見られるドラマの印象が強くなるのだ。これは、日本語という言語の特性によるものではないか。

　とにかく、外国の風俗・文物の本質をつかまずして、外見や形だけ取り入れるというやり方は、まさに日本人のお家芸である。これは、日本の若者にも当てはまる。いわゆる「チーマー・ファッション」がそうだ。

　筆者は個人的に大きらいなのだが、シャツの裾をズボンの上にだらりとたらし、下着が見えそうなほどジーンズを下げた恰好も、実はある外国映画のまねなのだ。一九八八年に封切りされた『カラーズ』という、ロサンゼルス警察と有色人種の少年ギャング団を題材にした映画がある。

　そこに出てくる、有色人種系のスラムで生まれ育ったストリート・ギャングたちの自堕落なかっこうを、日本の少年たちが「かっこいい」と思ってとりいれたのである。中には、『カラーズ』のビデオを何度もくりかえし見て、細部までまねするというおバカもいる。映画の内容や背景の深刻さなど、ぜんぜん視野に入っていないのである。

『カラーズ』でとりあげているのは、人種差別、極端な貧富の差、スラムの少年たちによる暴力犯罪、ストリート・ギャングの殺人、麻薬ビジネス、売春、警察とギャングの対立と駆け引きなど、暗い話題ばかりなのだ。そんな悪と毒とやりきれなさに満ちたストーリーを、完全にすっとばして、ただ犯罪少年たちの「ファッション」だけに注目する。現代日本の少年たちの精神生活は、きわめて能天気、お気楽であるといわねばならない。

　だが、この一見、愚かに感じられる行為も、実は非常に幼稚な形ではあるが、日本人の「ＪＡＰＡＮＩＺＥ」の伝統を、わかりやすく表現しているのだ。外来文化の「激・粗・過」の要素を取り去って、受容可能な部分だけ取り入れる才能が、いかんなく発揮されている。少年たちの目で見れば、以上の三つの要素は、外来の「深刻さ・暗さ・難しさ」と置きかえられるだろう。

　くりかえしになるが、日本人は外来文化の本質的なもの、核心をとりいれず、受け入れやすい部分だけ採用する。この工夫するお人好しのヤドカリまたはミノムシのような国民性を、外国人は、ますますもって理解しにくいはずだ。

　この日本化によって、実は梅毒どころか、麻薬（ドラッグ）の効果さえ、減殺されているのだ。麻薬常習者に言わせると、国内でドラッグをやるのと、外国でやるのとでは、同じ量でも効き目がぜんぜんちがうそうである。外国の方が、はるかにトリップでき、燃え上がるのだそうだ。国内だと、しけったマッチみたいに、トリップの具合がよくないので、あまりやりたくない気分になるという。その分、海外に出かけたときに、心おきなくぶっとびまくり、乱れまくるわけである。ドラッグ常用の疑いのある芸能人が、休暇でよく海外に出かけるのも、そういう理由があるのかもしれない。

　総じて、日本人が外来の文化風俗をとりいれると、そこには必ず「毒ぬき・アクぬき」の作用が働く。たとえば、国内のある地方では、毒キノコを三ケ月も塩づけにして毒をぬき、食用に供するというが、そういった作用がまず加わるのだ。

　問題は、そうした毒抜きでも抜ききれない毒や汚れがあるということだ。そのひとつが、これまで述べてきたサタニズム汚染の数々である。解毒困難な毒物が、今このときも、蓄積・発現し続けているということだ。

　人体にたとえるなら、肝臓や腎臓の機能を越える毒が、たまりにたまって、公害病のように発現している。少年犯罪の凶悪化は、その症状のひとつの現れである。いくら肝臓・腎臓が人なみはずれて奇跡的に強くても、青酸カリやサリンやダイオキシンをもられてはたまらない。

（ちなみに、青酸カリの毒性を一とすると、サリンは千倍、ダイオキシンは一万倍の毒性を持つ。このダイオキシンを排出する世界じゅうのゴミ焼却炉の三分の二、千八百力所が日本に集中している。
　最近、ダイオキシンの「臨界水」分解法など、画期的な方法が、日本人学者によって開発された。これもまた日本式《毒抜き》の現れだろう。一刻も早い普及が望まれる）。

　サタニズムとは、そうした解毒不能な劇薬・毒薬に等しいのである。恐ろしいことに、日本ではこうした解毒不能な毒が、あるレベルまで蓄積すると、必ず大激変が起こることになっている。それは、歴史的な大事件、大変革だったり、大天災だったりする。まるで日本を守る神々が、日本人の心身から、それまで蓄積された毒を一挙に排出し、強制的に浄化するぞといわんばかりだ。

　いや、実はそういっているのだ。昔の日本人なら、だれもがそれを悟って、つつましく謙虚に生きるすべを、学びなおし、伝えなおしたはずである。過去の人々は、そうして何度も改心しなおし、歴史を積み重ねてきた。

　果して、われわれもこれから襲う浄化の試練に耐え、戦後のあやまちを改心し、再び本来の日本‐－大和の魂を取り戻すことができるだろうか。豊葦原国、または葦原中津国（あしはらのなかつくに＝葦原の生い茂る中央の国）と呼べる、真秀場（まほろば）にして、たたなづく青垣のうるわしき国を……。

第９弾：『子供たちはいかにこわされたか』